2009年10月 8日 (木)

素直なところがなくなったら、、、

素直なところがなくなったら
何が取り柄なんだ?と言われた

気に入らないことがあると
時々爆発して
怪獣に変身するわたし

でも素直だからできるのかもよ??

素直が取り柄、な私
一度置いてきちゃったんだ
あの事件のときに

でもまた取り戻してくれたんだよね

時々行き過ぎて
リセットしてしまいたくなるときがある

でもなんとかリカバリーして
ちょっとづづ前進していけばいいんだよね

そしたらいつか 
最初よりずっといいところにたどり着くかもしれない

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2008年9月25日 (木)

カラダより、アタマより

だからって、体が動くわけじゃない
とくに何か、起きるわけでもない

だけどひっかかったあのひとつのコトに、
私の頭は占有されてる

久しぶりのこの感覚に、
確かにあのとき心がうずいた

カラダより、アタマより、
ココロが振り回されてる

ほんとのところはほんとにもう、
いいのだけどな、、、

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2008年6月25日 (水)

職場での心得

イライラしない
人を悪く思わない

会社にいるときはこの二つを心がけている
いかに自分がイヤな思いをせず、一日の仕事時間を過ごせるか
これはとっても重要
その日の残り時間のキモチがだいぶ違ってくるから

基本的には帰宅の途中で自分の私生活に戻ってる
でも上の二つがうまくいかないと、、、
私はときどきわがままな、あばれ怪獣に変身する

やっぱりバランスってとっても大切
お家で怪獣の相手を任される人はきっと大変だろうけど、、、

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2008年4月17日 (木)

日々の生活の記憶と記録

↓ブログ復活しましたが、すいません。再び前のタイトルに戻します。
やはり私らしい名前でこれからもいきます。
今後もお願いします。


お久しぶりです。えーこです。
大変長い間更新をしていませんでした。
それでも見に来て頂いていた方、ありがとうございます。

突然私事ではありますが、先日無事結婚式を挙げました。
それでだんだんと日々の生活も落ち着いて参りましたので、そろそろ復活したいなぁ、と。
また気まぐれに色々と思いついたコトを書いていきたいと思いますので、お付き合いくださいませ。

なお、ブログのタイトルを心機一転!変更しちゃいました。
えーこの茶色いうさぎ」→「季節のかおり」へ。(なんだか全く違うケド・・・)URLは同じままです。
由来は、私の大好きなベトナム映画「季節の中で」と「青いパパイヤの香り」から取らせて頂きました。また最近の気持ちの変化で、毎日を温かく、やさしい気分で、より季節の移り変わりを愛おしく感じられるように。。。そんな思いも込めてつけました。
(全く余談ですが、私の大好きなサザンオールスターズの輝かしいデビュー曲「勝手にシンドバッド」もですね、当時流行っていた沢田研二さんの「勝手にしやがれ」とピンクレディーの「渚のシンドバッド」を掛け合わせてつけたんだそうですよぉ。まあそんな感じで私も・・・。サザン30周年だし)

現在は生まれ育った神奈川県秦野市を出て、鎌倉市の山の中に住んでいます。たぶんこのあたりでは一番星がキレイなところです。

それではこれからもどうぞよろしくお願いします。

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2007年6月 3日 (日)

やせたの?やつれたの!?

ここのところ、何ヶ月かぶりに会うお友達に、立て続けに「やせた??」と聞かれてる。確かにやせました、多分2、3kg・・・。それもここ1ヶ月で急にです。ジーンズがゆるく入るのは嬉しい!ですが、ストレスだよなぁ確実に。やつれたんだよな、コレ。

ダイエットしてやせたくてもやせないときを考えると、簡単に落ちて嬉しいけど、なんか落ち方が不健康で微妙な気分・・・。そしてやせたはずだが、なんか体が重い~。ほんとは時間あれば走りに行って、スッキリして、違う疲れ方で眠りにつきたいところ。

でもまあ、次同じ友達に会うときにはきっと「あれ、太った??」って言われるんじゃないかしら。ストレスでやつれない程度に今の体型維持しようっと。

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2007年5月25日 (金)

こんなはずじゃなーい

公私共に、ちょっとしんどい時期にきています。

今月に入ってからシゴトの内容と立場が変わって、かなり慌しい生活を送っていて、ともすればプライベートを忘れてしまいそうな(しまいたい?)感覚だった。

ボリュームは、慣れればなんとかなるだろう。
ちょっと煩わしい人間関係も、この愛嬌でうまくかわせるだろう(女は怖い!と思う・・・)。

仕事かなり頑張ってきた時期があったから、もう”期待してます”や”スキルアップできます”の言葉はいらない。というか興ざめ。

私の理想の生活に近づくために、軌道修正が必要。今ならまだ間に合うと思う。

というわけで、とにかくやらなきゃ。
結局自分が納得するには、まずは仕事なんだよね。

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2007年3月24日 (土)

幸せなじかん

週末のお昼に、私が適当に作ったご飯を食べているとき。
そのときが、最近一番幸せに感じる時間。

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2006年10月 8日 (日)

友達の個展の後に思うこと

今回友人の絵の個展が開かれるにあたり、そのカフェでの夜のパーティーに友人が私を呼んでくれた。一人で行っても良かったのだけど、私には誘いたい友達がいた。それは以前勤めていた会社の同期。この私の同期も友人の絵のファンなのだ。だからぜひ紹介したかった。

これは今考えると不思議な縁だな、と思うのだけど、実は絵を描くアーティストの友人と私の同期と私は、3人とも以前同じ会社に勤めていた。
同期の子とはもちろん同時入社だったので(私は中途採用だったのだけど)、それがきっかけで知り合い気が合い仲良くなった。でも彼女は大阪支社勤務。私とアーティストの友人は同じ湘南支社勤務で、同部署。彼女は技術チーム、私は営業チームで仕事をしていた。彼女とも気が合い、よく話したし出かけたっけ。
当時多分二人の友人にお互いの話はしていたと思うのだけど、この二人に面識はなかった。同時期に同じ会社で働いていたのに。。。

See_your_smile繋がるきっかけは、アーティストの友人の絵のポストカードを同期の友達に見せていたことだったと思う。ふと私が「いつか家を持ったら友達の絵を購入して、お家に飾りたいんだ」と漏らしたときに、彼女も自分の新居に友人の絵を飾りたい、と言った。うん、きっときっと彼女の新しいお家に似合うと思うよ。

今は3人のうち誰もその会社にはいないし、大阪支社にいたはずの同期は今関東に住んでいる。

皆が同時に同じ場にいた時期から、もう5年くらい経ってるはず。でもあの時あの場所ではなく、こうして今の今ここで3人が巡り合ったのにはきっと理由があるのだろう。「会うべき人と会うべきときに・・・」
これだから人との出会いや繋がりってほんとおもしろいよね、って思う。

私が二人の媒介になり、友人の絵が道しるべになった。
そして私が二人に出会った、当時の会社にもほんとに感謝している。

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2006年9月22日 (金)

「キンモクセイがいい匂いだよ」

金木犀が咲き始めた。まだお花は少しだけだし、匂いもほんのり香るくらい。
私はいつもこの時期が楽しみ。大好きな匂いだ。
この花は秋という季節を感じさせる風物詩(風物香!?)だと思う。

去年の今頃、ある人が「キンモクセイがとってもいい匂いだよ」とメールをくれた。
これにはけっこうぐっときた。私もちょうど同じことを思っていたから。
とても温かい気持ちになったのを覚えてる。

あれから1年。また同じ季節がやってきた。私にとってより印象強くなったキンモクセイ。
これからも心に香り続けますように・ ・ ・
Kinmokusei


駅に向かう途中の道すがらで
だから秋のこの道が好き♪

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2006年7月16日 (日)

さりげない言葉

とってもさりげなかったから、その時はあまり気にかからなかったけど、
あとで思い出すと自然に顔がほころんでしまう。

私はときどき心の中で感謝の言葉をくり返す。
そんな温かさは、今は何にも負けない気がする。

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2006年6月14日 (水)

この機会に

前向きに前向きに!

明るい未来を描いていくぞ~

まずはわたしの性格からだわ

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2006年5月25日 (木)

失ったもの、そして得たもの

失って初めてその大きさに気づいた

あの頃は毎日悶々としていたけど、振り返ると一番楽しい時期だった
あの人達も、そんな時間も、今思えば小さなことの積み重ねなだけだった
でも動かなかったらずっと分からなかった、その重みには・・・

同じようにその時間がすぐに戻ってくるように感じる場もある
でもかえって確実に時は流れているんだと、最近強く実感もするんだ

だけど私は前に進むしかないし、進んでいるのだと思う
そのあと得たものの存在は、ずっとずっと大きいのだから

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2006年3月 8日 (水)

Should, Want to そして Can

私は年上の女性が好きである。自分が長女ということもあってか、逆に素直に甘えられる年上の人に無意識に近寄ってしまう。(妹的には、姉の私の方がよっぽどわがままで自分勝手らしいのですが・・・)
色々な経験を積んできた方達と、いつも沢山話をしたくなる。

数年前。沖縄に潜りに行った時に自宅で雑誌のデザインをしている二人の年上の女性に会った。偶然同じボートに乗っていたけど、その時は話す機会がなくて・・・。帰りに那覇空港で偶然会って連絡先を交換し、こちらに帰ってきてから何度か会っている。(会うべき人と会うべき時に会うべき場所で。これってほんとだと思う)

案内したベトナム料理屋さんで話をしていた時、心に残る一言があった。
今ではその意味がよく分かる。
「20代のうちは、体力、時間、お金が許す限り、なんでも好きなことをやった方がいいと思うよ」と。

ちょうどその頃の私は、とにかくやりたいことを何でもやっていた。傍からみたら、飛び回っていたように見えたと思う。(わりと内にこもるタイプだと自分では思ってるのですけどね)
それでも、心の奥でいつもくすぶっている思いは拭いきれてはいなかった。だけど、この女性の一言で吹っ切れたように感じた。
「これでいいんだ。このままやってみよう!」って。

20代の前半は、いつもやるべきこと、何か身につくこと、をしていくことしか頭になかった。
「時間やお金は役に立つことに使うべき」と考えてた。
見えない何かをつかみたくて、形にしたくて、仕方なかった。たとえ自分が楽しんでいなくても・・・。
何かしているだけで満足してた。だから逆に何も身についていなかったように思う。
これが私のshould(やるべきこと)の時期。

そして20代半ばから、興味のあることだけやることにした。仕事にも夢中だった。
色んな意味で余裕ができたのだろう。時間の使い方もお金の使い方も上手くなった。
ただただ好きなことをするということに罪悪感を感じていた私も、少しずつ好きなことにのめり込んでいった。バランスが良かったのだと思う。
どんなことも境界線を越えてはいないけど、全部それなりに人に語れるくらいにはなったと思う。
今なら分かる。あの女の人が私に言いたかったこと。
これが私のwant to(やりたいこと)の時期。

should, want toの時期の後、色んなことが全て繋がったときがあった。
進んだ新たな道・・・。
そして今、can(できること)の時期に来たと思っている。
これまでやるべきこと、やりたいことをしてきて、私には一体何ができるのか?
安定した生活を自ら手放して飛び込んだ新しい流れの中で、自分から決断したことに悩み、戸惑う時間も多くあった。でも同じくらい大きな発見や出会いもあった。違った場所に身をおくと、物事や人の流体が変わる。そんな中で気付いた沢山のこと。客観的に自分や周りを見れる目。

大きなことなんてできなくてもいい。
過去の私みたいにあんなに走り続けなくったっていい。
今私が求められることができればそれでいい。

というわけで、いつまでたっても成長してるんだかしてないんだか分からないけど、今は毎日の穏やかな生活に感謝できる自分がいることだけは実感している。

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2006年2月18日 (土)

小さいままの記録

平穏な日々の生活の中で、何の前ぶれもなく残された小さな足跡。
ちょっと動揺はしたけれど、大きく揺さぶられたつもりはない。
ただやっぱり自分では気付かないところで、ドギマギしてるようだ。

”もういったいどういうつもりなの?”って一人問いかけてみたけれど、
そんな人の気なんて知らないで、あの人はスタスタ歩いていく。
そこに小さな記録だけ残して・・・。

でも私の記憶は過剰反応は起こさない。
ただ思い出す頻度が少し高くなっただけ。

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2006年1月20日 (金)

そこに残ったもの

もういいじゃない、って私につぶやく
自分からあの人の足跡を追うことないじゃない。。。

日常の生活に不満なんてない
それどころかヒドク安定してるくらいだ

だけどずっと、その小さい何かが私の中で疼いている
そして心の柔らかい部分に時々強くつきささる

それは多分、最後に残った私のプライドかもしれない

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2005年12月30日 (金)

闇の中から

暗くて深いところを歩き続けていた。
自分でそれを強く意識していたわけではない。
でもずっともがいていた。切なかった。

どんな出会いや出来事も必要だったのだと納得できる。
この一瞬一瞬をよりいとおしく感じるために私の中を通りすぎていったもの達。

もう自分を責めたり卑下しなくてもいい。
自然でいいんだ。もうムリしなくていいんだね。

私を闇から救い出してくれた。本来の私に戻してくれた。
ありがとう、心から・・・。

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2005年12月 4日 (日)

どうしてなんだろう・・・

もう大丈夫なはずなのに、なぜか時々ふと思い出す。
もう忘れてもいい頃なのに、私の心はまだそれを許してくれないみたい。

その感覚は、懐かしかったり、切なかったり、優しかったり、悔しかったりと色々な形になって突然やってくる。
どれも嘘ではないけれど、現実味をおびてもいない。

もう少しの後悔だってしてはいない。
必要な出来事だったと、今の私には分かるから。
あの出会いがあったから、こうして今のこんな私がいるんだから。
ただほんのちょっとだけ、寂しさは残っているんだね。

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2005年11月20日 (日)

秋の夜長を通り越し

いつもだったら”寂しい”って気持ちあまり感じない。
ある友人は”寂しさは高尚な感情”って言っていたな。怒りや嬉しさとは違う心の感覚。

こんな感情を自分で解消する術を私は知っている。
ただじっとして心をそのまま残しておく。何かや誰かにすがったりはしない。
そうするといつのまにかどこかにとんでしまって、普段の私に戻ってる。
そんなことが繰り返されて、”寂しさを感じるのは弱い自分”って思ってきた。

短いけれど夜の長い秋を通り越し、そろそろ冬に入る時期。
これからの時間は急激に私の力が落ちる時期でもある。

だけど今年は乗り越えられそうな気がする。
寂しさをそのまま残していても、それはそれできっと大丈夫。
以前よりずっと強く感じる感覚だけど、いつもとは違った性質だから。

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2005年11月 8日 (火)

なんとなくの重み

なんとなく行ってみた。なんとなく選んだ。なんとなく好き・・・。
なぜだかよく分からないことに、私達が使う「なんとなく」という言葉。

これは、直感、フィーリング、第6感と同じでうまく説明ができない。
”ただ心がそう感じているの”、としか言えない。

でもこのなんだかよく分からないけど使っている「なんとなく」は、実はとても重みがあって正直な言葉だと思う。

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2005年10月 5日 (水)

心にひっかかったセリフ

「あいつは君を笑わせてくれるかい?」

「いいえ。でも私を傷つけはしないわ。」

映画”オーシャンズ11”の中でのジョージ・クルーニーとジュリア・ロバーツの会話。

全然面白くないんだけど、自分だけを見てくれるアンディ・ガルシアのところに行ってしまった妻(ジュリア)を取り戻すために自分(クルーニー)から仕掛けた危険な仕事。
この映画は先の三人の他にもブラッド・ピットやマット・デイモンなど、豪華キャストが揃ったことでも話題の作品。私は映画の内容やキャストより何より、このセリフに一番惹かれてしまった。

結局ジュリア・ロバーツはジョージ・クルーニーのところに戻ったのですが・・・。

やはり頭で考えていること(理性)は、心が思っていること(感情)に勝てないものなのでしょうか。
でも時に心がくたくたに疲れてしまって安らぎを求めたときに、理性はそのまま感情になったりもするんじゃないかなぁ。それは偽りでもなんでもなくて。

”一緒にいて楽しいけど、自分が傷つくかもしれないと思っている人”
”面白みには欠けるけど、安心していられる人”

色んな事例を見たり、経験したりしてきたけれど、なんだか妙にひっかかったこのセリフ。
もちろんどちらも兼ね備えた人がいいのでしょうけどね。

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2005年9月21日 (水)

初めから違っていたと気付くまでの時間

近づけば近づくほどに。
信じれば信じるほどに、二人の距離は遠くなっていく。

怒りの先に残った希望があきらめに変わったとき、そこに絆は残らなかった。

”私達は初めから違っていたのだ”と気付くまでに、一体何年かかったのだろう。
疑っても、戸惑っても、それでも楽しい時間はあったけど・・・。

同じ思いを人にさせるより、自分がされる側でよかった。
その気持ちは、今も変わらない。だけど最後には虚しさが残った。
きっとあの子は今でもそんな自分に気付かずに、同じことを繰り返しているのだろうから。

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2005年9月16日 (金)

男のいい分、女のいい訳

長い知り合いなのに二人だけの空間にいられない人。
出会ったときから一緒にいても違和感のない人。
人から出る波動が空気を伝わって流れてくる。
自分の波長に合うか合わないか。

女はやっかいな生き物だ。瞬時にそこを嗅ぎ分けてしまう。
人間も動物だから、結局はその点が重要なのかもしれない。
普通に関わっているのなら大丈夫なのに、男と女という枠で考えると区分けされる。

でも恐らく男と女では、だいぶ事情が違ってくる。
それはきっとこういうこと。

「なんか分かんないけどそそられる」というのは男のいい分。
「いい人なのに惹かれないの」というのは女のいい訳。

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2005年9月 4日 (日)

感情のタンク

以前友人がこんな話をしてくれた。
人間は2通りに分類されて、「もともと感情のタンクが小さくて、好きや怒りがすぐに溢れる人」、「もともとそのタンクが大きくて、感情が一杯になって溢れ出るのに時間がかかる人」。だから例えば好きの気持ちが表に出ないからって、その人のことをそれほど好きではないということにはならない、と。
なるほど、そんな考え方もあるのね。だとすれば、私は確実に後者だ。
溜めるだけ溜めて、ある日爆発する。なんてたちが悪いのだろう・・・。
でも仕方ない。これが私なんだもの。

だいたい好きって気持ちは、容積でも重量でも量れないもの。
人の気持ちを量れる機械でもあれば、「これだけの想いなのよ」とでも言えるけど。
だいたい自分が一番知りたい、そんな自分の気持ち。

目に見えるもの、言葉に表せるものだけが真実とは限らない。
目の前に出せないもの、表現できないものの方が真実味があるのかもしれない。
というか、きっとそちらの方がより本物に近いのだと思う。

最近よく考えるグレーの部分。
言えないことはそのまま残しておいた方がいいのかな、って。

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2005年8月29日 (月)

あの出来事の記憶

”黒は白にはなれないんだよ”、そうあの人は言った。
若さゆえの危うさと情熱の中で、それでも私達は変えられると思っていた。

起こった出来事が現実なのだと気付くのに、それほど時間はかからなかった。
それはまるでドラマの中の出来事のようだったけど・・・。


助演役を演じたのは私だった。


もうストーリーはぼやけているけど、それでもいくつかのシーンは今でも頭に浮かんでくる。

思い出して涙を流すことは今はない。
でも私はあの出来事の記憶からまだ抜け出せないでいる。

素直で無邪気なところがとりえだったはずの私は、あのときからおきざりのまま・・・。

最後にもらった手紙は今でもとってある。
そこに綴られた気持ちは本心だったと信じている。

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2005年8月12日 (金)

理想と現実の人の狭間で

心の中の理想の人を想い続けることは、他の人を見るより実は簡単なこと。
その人はそのまま同じ状態で、心の中に居てくれるから。

次に誰かが現れたとしても、作り上げた理想の人への想いはずっと変わることはない。
現実のその人は日々変わっていっているとしても・・・。

時間を共有しているときの気持ちと、一人のときの気持ちにずれがあるのは気づいていた。だって現実の自分はとても冷静だったから。

だからきっとあの人も、現実の誰かとの時間と、頭の中の誰かとの時間と比べていたのだと思う。

分かってしまうところが悔しいくらい、私達は似ていた。

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2005年7月22日 (金)

まだ早いリアルな現実

少しだけ気分がすっきりしてる。
長い本を読み終えたからかもしれない。

その本を「自分のことを言っているようだ。」と話していた人がいたから、
いつか読んでみようと思ってた。
でも今の私にはまだ早かったかな?
だって内容があまりにリアルすぎるんだもの・・・。

その時の実情を、想像できてしまう文章の端々。

あの人は、以前より少しは強くなれたかな?
そうだといいな、と思ってる。

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2005年7月17日 (日)

悩みがないと言えること

昔よく「悩みなさそうだよね~。」って言われてた。
その度に、「私にだって悩みくらいあるよ!」って反発していたっけ。
でもこれって今思えばスゴイことだったかもしれない。

以前勤めていた会社で、「私最近よく”悩みなさそうだよね。”って言われるの。でも本当に悩みないのよね。」そう言ってうふふと笑った人がいた。その人はタンポポの綿毛のような人だった。その時本気で羨ましいと思った。

人間はエゴと欲の強い生き物だから、今の現状以上のものを”もっと、もっと!”と求めてしまう。でも日常のあらゆるところに幸せってあるのだと思う。それは失ってみるまで気づかない、ごく当たり前のようにそこにあることかもしれない。

自分が幸せで日常に満足している人しか、他人を幸せにすることはできないと思う。
自分を愛している人しか、本当に他人を愛することはできないと思う。

いつか私も「私、悩みないの!」って心の底から言える人になりたい。
そう思える時が来ることを、私はあの日からずっと信じている。

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2005年7月10日 (日)

記憶を呼び覚ますもの

もうどれくらい経つのだろう。
携帯メールの着信を知らせるあの曲が鳴らなくなってから。

あの人だけに設定したあの曲を、時々無性に聞きたくなって、
メールを送ってみようとする衝動にかられる。

でも私はやらない。
自分から記憶を呼び覚ますようなことは・・・。


例えばそれは、

頭に入っていたはずの、大好きなあの街の地図は忘れてしまっても、
街の喧騒は思い出せるということ。

涙を流したはずの、悲しいあの映画の内容は忘れてしまっても、
テーマソングは思い出せるということ。

あの人の笑顔はぼやけてしまったとしても、
あの声はすぐに甦ってくるということ。


人は何か一つの感覚で、あるいは五感を総動員させて、
ふと何かを思い出したり、思い出そうとしたりする。

私にとってそれは「音」。
あの曲を聞いたら、きっと「何か」を思い出してしまう。

ただの通信手段のはずの携帯電話に、振り回されたくなんかないのに・・・。

この小さな電子機器は、とっても便利で、とっても簡単だけど、
時々とても切ないものになる。

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2005年7月 5日 (火)

時間薬が効かないとき

「時が解決してくれる」とよく人は言う。
以前私はこの言葉の意味を取り違えていた。
つらかった出来事やぶつかった困難も、時が流れるうちにやがて記憶が薄れて消え去っていく、ということだと。

でもそれは違う。

起こった出来事以降の日々の生活の中で、人と関わり、新しい経験をし、自分で何かを感じ考えていくから、「時が解決してくれる」のである。
逆を考えれば、本人の意識が全く変わらずその出来事の記憶にとらわれたままだったら、いくら時間が過ぎても何も変わらない。時間を追うごとに記憶が鮮明になって、反ってつらくなる場合だってある。
これは時間と共に成長している人にだけ、適用される言葉なのである。

その事実に気づいても、それでもまだ、つらくて苦しくていたたまれない思いは続くかもしれない。
焦っても、もがいても、そこから抜け出せないかもしれない。

人にも物事にも、波動や流体があって、それが滞ってしまう時がある。
でもどこかで、何かで、その流れを変えれば、あとはスムーズに流れると思う。

自分で囲った塀を破って、水を流さなければ。溜まった水は濁るだけだから。

他人と過去は変えられない。変えられるのは自分と未来だけだから・・・。

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2005年6月28日 (火)

ほんの些細なことなのに

自分の肌が、ほんの少しだけ違う感覚でいつもの街を歩いている。
実際のこの街は全く何も変わっていないのに・・・。

風景も空気も音だって、いつもと同じまま。
だけど、私の肌にまとわりつく空気だけは何かが変わったように思う。

誰も気づかない、誰にも気づかれない。
私だけが感じる変化。

ほんの些細なことだけで、こんなに寂しくなるなんて・・・。

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2005年6月 5日 (日)

Everything happens for a reason

どんな出来事にも理由がある

出会いにも、別れにも
嬉しいことにも、悲しいことにも
始まるのにも、そして始まらないのにも・・・

そこに偶然の出来事なんて何もなくて、全て最初から決まっていた

”あの時ああしておけば?”と思った出来事を、”ああしなかった”のには理由がある
でも”ああして”いても、多分答えは同じだった

Everything happens for a reason
どんな出来事にも、理由はある
きっと・・・

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