私は年上の女性が好きである。自分が長女ということもあってか、逆に素直に甘えられる年上の人に無意識に近寄ってしまう。(妹的には、姉の私の方がよっぽどわがままで自分勝手らしいのですが・・・)
色々な経験を積んできた方達と、いつも沢山話をしたくなる。
数年前。沖縄に潜りに行った時に自宅で雑誌のデザインをしている二人の年上の女性に会った。偶然同じボートに乗っていたけど、その時は話す機会がなくて・・・。帰りに那覇空港で偶然会って連絡先を交換し、こちらに帰ってきてから何度か会っている。(会うべき人と会うべき時に会うべき場所で。これってほんとだと思う)
案内したベトナム料理屋さんで話をしていた時、心に残る一言があった。
今ではその意味がよく分かる。
「20代のうちは、体力、時間、お金が許す限り、なんでも好きなことをやった方がいいと思うよ」と。
ちょうどその頃の私は、とにかくやりたいことを何でもやっていた。傍からみたら、飛び回っていたように見えたと思う。(わりと内にこもるタイプだと自分では思ってるのですけどね)
それでも、心の奥でいつもくすぶっている思いは拭いきれてはいなかった。だけど、この女性の一言で吹っ切れたように感じた。
「これでいいんだ。このままやってみよう!」って。
20代の前半は、いつもやるべきこと、何か身につくこと、をしていくことしか頭になかった。
「時間やお金は役に立つことに使うべき」と考えてた。
見えない何かをつかみたくて、形にしたくて、仕方なかった。たとえ自分が楽しんでいなくても・・・。
何かしているだけで満足してた。だから逆に何も身についていなかったように思う。
これが私のshould(やるべきこと)の時期。
そして20代半ばから、興味のあることだけやることにした。仕事にも夢中だった。
色んな意味で余裕ができたのだろう。時間の使い方もお金の使い方も上手くなった。
ただただ好きなことをするということに罪悪感を感じていた私も、少しずつ好きなことにのめり込んでいった。バランスが良かったのだと思う。
どんなことも境界線を越えてはいないけど、全部それなりに人に語れるくらいにはなったと思う。
今なら分かる。あの女の人が私に言いたかったこと。
これが私のwant to(やりたいこと)の時期。
should, want toの時期の後、色んなことが全て繋がったときがあった。
進んだ新たな道・・・。
そして今、can(できること)の時期に来たと思っている。
これまでやるべきこと、やりたいことをしてきて、私には一体何ができるのか?
安定した生活を自ら手放して飛び込んだ新しい流れの中で、自分から決断したことに悩み、戸惑う時間も多くあった。でも同じくらい大きな発見や出会いもあった。違った場所に身をおくと、物事や人の流体が変わる。そんな中で気付いた沢山のこと。客観的に自分や周りを見れる目。
大きなことなんてできなくてもいい。
過去の私みたいにあんなに走り続けなくったっていい。
今私が求められることができればそれでいい。
というわけで、いつまでたっても成長してるんだかしてないんだか分からないけど、今は毎日の穏やかな生活に感謝できる自分がいることだけは実感している。
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